Skip to content

文化について

奥井潔の著書である「英文読解のナビゲーター」という本のまえがきから好きな一節を紹介します。


cultureという英語は、教養とも文化とも訳され、私たちの日常に使われる日本語と化していますが、どちらも本来の日本語にはなかった言葉であって、明治以降に翻訳されて生まれた、いわゆる翻訳語なのです。

(中略)

しかし文化とは感心できない悪い訳語であります。cultureを文明開化の意と解し、この中の二文字を取って文化としたという説があり、また「以武化民」と対立する「以文化民」、文を以て民を化す、つまり学問、芸術の力によって民を治める、という儒教が掲げた政治モットーの上下の二文字を取って文化という略語が生まれたという説もあるが、どちらの説が正しいとしても、cultureの原意を全く反映していない悪訳であります。

(中略)

cultureという英語は、本来ラテン語が語源なのであって、「耕す、栽培する」という意味で、農業に、農耕文明の発祥に深く結びついている言葉です。agricultureとは、「ager(地、大地)を耕すこと」という意味なのであります。大地を耕す、そして作物を、果樹や花を大切に守り育てて、その植物が本来的に持っている可能性を実現させる、そのもっとも豊かな実りを結ばせ、その最もかぐわしい花を開かせる、そしてこうしてその植物がついに咲かせた花、ついに結んだ実りが、すなわりcultureなのであり、その過程を cultivationと言うのであります。人間と呼ばれる一本の植物の生命力が、両親をはじめとする多くの他者に、また先人たちに助けられながら存分に陽の光に浴し、大地の恵みを吸い上げて、雪風をしのぎ、様々な障害を越えて、すくすくと成長繁茂し、ついにいま咲かせている花、今結ばせている実りが、その人間の教養(culture)なのです。別言すれば、その人間がいまこの世に存在することによって、その人の咲かせている花、実らせている果実によって、どのくらい周囲の人々や環境が、明るく豊かに、美しく変化するか、その程度が、その人の教養なのです。